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熊本店

ブログ 熊本店の担当者Kがめがねに関するアレコレを好きに書いてますφ( ̄ー ̄ )

かつて大阪は日本一のめがねレンズ産地だった

2026-07-08
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明日7月9日よりさばえめがね館の新店舗『大阪淀屋橋店』がオープンいたします。関西エリアのお客様におかれましては何卒よろしくお願い申し上げます。

かつて大阪は日本一のレンズ生産地でした。大阪でレンズ作りが始まったのは安政4年(1857年)に大阪市生野区田島の石田太治郎が、丹波の国(現在の京都)で学んだレンズ研磨の技術を地元へ持ち帰ったことが原点と言われています。初めは農閑期の副業として広まったレンズ研磨業でしたが専門の業者が増えて、やがてはレンズ製造だけでなくフレーム製造を手掛ける町工場も現れ複合的な眼鏡産地となっていきました。鯖江メガネの始祖である増永五左衛門がフレーム作りを学ばせるために大阪から米田与八という職人を呼び寄せたのもこの頃でした。大正2年(1913年)農村だった田島地区に電気がひかれるとレンズ専門工場が建設され、最盛期には200軒を超える業者が集まり、昭和10年(1935年)には日本一のレンズ生産地となりました。
そんな生野区田島に衰退の影が落ち始めたのが1970年代。プラスチックレンズの普及が始まり、それまでの主流だったガラスレンズから製造方法の違うプラスチックレンズへの転換は大きな設備投資を必要とし、大部分の会社や工場が資金力に乏しい零細企業であったことから、時代の波に乗れず廃業を余儀なくされていきました。また同時期は円高が進み輸出競争力を失ったことも衰退に拍車をかけた要因です。
現在では僅か数社になってしまった生野区の眼鏡関連業ですが、そのうちの一社は偏光レンズで世界的に有名なTALEXです。

それにしてもレンズ作りが始まったのが大阪市の生野(いくの)、鯖江でフレーム作りが始まったのが福井県の生野(しょうの)、異なった読み方を持つ同じ地名の二つの場所が、レンズとフレームそれぞれのルーツとは偶然にしては出来過ぎです。